<小川町MAP> 埼玉県比企郡小川町は秩父地方や八王子方面へ通じる交通の要衝に位置し、 江戸時代に在方町として発展した。1・6六斎市が17世紀から20世紀中期まで開催され、 市町としての賑わいをみせた。 町並みは隣接する大塚村(現在の小川町大塚)まで連続し、 江戸時代には小川町と大塚村との間で境界や定期市の利権をめぐる訴訟が繰り返された。 現在では、小川町と旧大塚村の町場は景観的に完全に一体化している。 小川町では江戸時代以来、和紙の生産が盛んで、 現在では「和紙の里」を前面に出した観光開発も盛んである。 |
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槻川と栃本堰
<MAP> 小川町は槻川に並行して東西方向にに形成された。この写真は相生橋の小川町対岸側から、 槻川と栃本堰を撮影したものである。家々が川縁まで迫り出している様子が窺える。 槻川は、この地域の開発に大きな役割を果たし、栃本堰は槻川の 水利・治水をめぐる重要な施設である。 |
市街地西部の景観
<MAP> 東西のメインストリートに沿って形成された小川町だが、 その東部が江戸時代の旧小川町、西部が旧大塚村に帰属する。 この写真は市街地西部の旧大塚村と小川町の境界あたりの現在の景観である。 東部地区と比べて街路は緩やかにカーブし、見通しはよくない。 |
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市街地東部の景観
<MAP> 江戸時代以来の小川町の中心部である。 上の写真と対比的に見ると、商店の密集や街灯の彩りが目につく。 従来の小川六斎市は、この通りで開催されていた。 |
小川町を一望する
<MAP> 小川町の南にある円光寺の霊園(つまりは、墓地)から小川町を眺めてみた。 かなり急な坂であったが、その甲斐あって、なかなかよい眺めであった。 もともとは円光寺公園として近代に整備されたが、 現在この山の頂上には上水道の大きな貯水タンクがあり、あとは一面の墓地である。 |
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