雁木通りの町並みT−亀田町−



<亀田町MAP>
亀田町は新潟市の南に隣接し、2002年現在、町面積は新潟県内で3番目に小さい (1位が岩船郡粟島浦村、2位が西蒲原郡月潟村)。その後、2005年に新潟市に合併され、 現在では新潟市江南区となっている。

さて、1692年に栗ノ木川水運の結節点に位置する中谷内新田に町立てが企図されたのが亀田町の起源である。 2年後の1694年には町並みが整い、その年の11月3日から3・9六斎市が開始された。 この六斎市は2002年現在まで続いている。
亀田町の雁木通りは、南北に走るメインストリートの両側に形成されたが、 1960年代後半から近代的なアーケードへと姿を変えていった。


亀田町の雁木 亀田町の雁木 <MAP>
2002年10月現在では、雁木を伴う町屋は町並の縁辺部に何軒かみられるみとどまり、 かつての様子はほとんど窺うことができなかった。 この写真は、伝統的な形態をわずかにとどめる一部の町並みを撮影したものである。 こうした景観もやがて消え行くことが予想され、この写真もいずれは亀田町の雁木通りの 最末期を撮影したものとなるかもしれない。
亀田六斎市と交通規制 <MAP>
17世紀末期からメインストリートで行われてきた亀田六斎市だが、 交通上の問題から、1956年11月から裏町通りに移動したという。 市日には裏町通りの入口に、自動車交通の規制を表す写真のような標識が出される。
亀田六斎市と交通規制
「8時―17時(軽車輌は除く)
亀田町定期露店市場開設のため
新潟南警察署・亀田町」
亀田町の郊外 亀田町の郊外 <MAP>
亀田町は50万都市・新潟の市街地からはほど近い位置にあることで、 近年のベッドタウン化が著しい。 新潟市との合併も時間の問題であろう。 この写真は亀田駅から西に伸びて、国道49号バイパスに至る道路沿いに形成された、 郊外型の店舗の林立する様子を撮影した。 現在の亀田町で最も賑わっているのはこの周辺の地区で、 かつての中心街の影は薄くなっている。



作成日:2002年10月23日
撮影日:2002年10月13日